2011年11月7日月曜日

ランチョセコ原発を訪問


以前も紹介したEnergy Resourcesという授業の一環で、カリフォルニア州の州都サクラメント市街の南東約40キロに位置するRancho Seco原子力発電所を訪問した。本エントリーでは、この極めて貴重な体験を共有したい。

  
1. Rancho Seco原子力発電所の歴史・現状

同発電所は、サクラメント市営電力局(SMUD)所有の、Babcock and Wilcox(B&W)社製の電気出力913MWeの加圧水型炉(PWR)を用いた発電所で、1974年に完成し、1975年から商業用の運転が開始された。

しかし、その後、事故や想定外の運転停止が重なり、そして何より、1979年のThree Mile Island原子力発電所事故、1986年のChernobyl原子力発電所事故を受けた地域住民による複数の住民投票(レファレンダム)の結果(廃炉)を受け、1989年に、連邦政府より正式に廃炉の決定がなされた。建設に総額10億ドル、廃炉のプロセスで総額約5億ドルの費用を要したとされる。

原子炉、タービン、発電機等の機器はすでに撤去されているが、原子炉の建物、冷却塔、そして使用済み核燃料保管庫は当時のまま存在する(使用済み核燃料は、数年間核燃料プールで保管された後、原子炉の建屋の外にある場所に設置されたコンクリート製のキャスクの中で、通常は乾燥して保管される)。

2009年にNuclear Regulatory Commission (NRC)は、大部分の敷地の一般使用を認めたが、使用済み核燃料保管庫を含む約11エーカーはまだNRCのライセンス下にある。


2. 原子力発電施設の見学

僕らの訪問に対応してくれたのは、元B&W勤務の原子炉のエンジニアで、その後SMUDで発電所の運用に従事したB氏と、同じくSMUDに長期に亘り勤務していた同じくエンジニアのS氏。二人は、歴史の目撃者としての意識からか、とても詳細に施設を紹介してくれ、また実際に原子炉が運転されていたときの様子を活き活きと語ってくれた。

使用済み核燃料保管庫には当然ながら近づくことはできなかったが、冷却塔はもちろんのこと、原子炉のコントロール室(もちろん、今となっては廃墟だが)まで入ることができた。原子炉に隣接したビルには、従業員用の食堂、医療室に加えて、原子力発電の技術・仕組みが詳細に説明されている展示室や、従業員向けの講義室もあった。S氏は、当時、新人従業員向けに原子力発電の仕組み等についての教育を担当していたようだ。

僕は、環境科学を専攻して以来、エネルギー問題に関して少しは真剣に考えるようになったし、図や画像・映像を見ながら、原子力発電所の仕組みの基本を理解したつもりでいた。しかし、それは、いわばバーチャルな世界で理論上の仕組みを理解したに過ぎない。実際に現場に来て、人間によって運営される(されていた)原子力発電所を、より生々しい存在として理解できたように思う。


3. 原子力発電の問題点

元B&W勤務の原子炉のエンジニアのB氏は、B&W勤務時代は、原子炉のデザインの仕事に携わっていたようだ。「もう時効だから言うけれど」と言いながら、展示室にあった原子炉の模型を用いて、彼が関与した原子炉のデザインが、競合の原子炉メーカーであったWestinghouse(WH)及びCombustion Engineering(CE。なお、2000年に同社の原子炉ビジネスはWHに吸収された)の知的財産権に抵触しないために考えられたデザインであること、そして、WH/CEのデザインと比較して、効率性も上がるが危険性も高まることを教えてくれた。

B氏は、自分が原子炉のデザインをしていたことを後悔していた。エンジニアとして働いていた当初は、周りになんと言われようが、自分はクリーンなエネルギーを作るという正しいことをしているという使命感に満ちていたようだ。しかし、その後考えを改め、再生エネルギーにキャリアを変更し、Rancho Seco原子力発電所の敷地内で1983年以降6回にわたり実施されたソーラー発電プロジェクトの担当をした。


B氏は、原子力発電の問題点として、以下の二つを挙げていた。
  • 原発の技術・核燃料が原子力爆弾に流用されるリスク 
  • 使用済み核燃料管理の問題

これら二つの問題は、一般に原子力発電所の問題点として挙がられるものであり特段目新しいものではない。しかし、2つ目の点の、B氏の以下のコメントは非常に重みがあった。

「使用済み核燃料は、極めて長期にわたって安全に管理することが求められる。原子力発電を利用する人々は、自分の子孫が使用済み核燃料管理という重責を自らの意思からではなく自分達から引き継ぐという事実を認識すべきだ。そのような用意のある社会は限られていると思う。そのような用意のない社会は、原子力発電を用いるべきではない。」


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マクロ経済状況が望ましくないから、政治的に困難だからといって長期間増税を引き伸ばし、火を見るより明らかな想定どおりの社会保障費の増加を、際限ない国債発行によって賄い、子孫に負担を押し付けている我々日本国民。日本社会は原子力発電を用いる用意があるのだろうか?

経済活動に安定的な電力の供給は不可欠であり、産業の空洞化を避けるためにも、経済界への配慮は必要不可欠である。また、人口が減少する日本においては、今後電力の需要は徐々に減少するため、新興国と異なり発電所新規建設のニーズは少ない。しかし、日本が中・長期的なエネルギー政策を見直すべき転換点にあることもまた事実ではなかろうか。



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