2012年1月5日木曜日

Valley of Death - 商業化資金の欠如

先学期のCleantechの授業で、エネルギーセクターに特化した投資/投資家に対するアドバイザリー業務を行うTana Energy Capitalの創業者であるKassia Yanosekの話を聞く機会があった。

StanfordからMBA、HarvardからMPAを取得している彼女は、 Bechtel CorporationのPE部門でProject Finance Analystとしてキャリアをスタートし、その後、BPのStrategy Manager、Hudson Clean Energy PartnersのVice Presidentを経て、Tana Energy Capitalを創業した。また、2005年には、エネルギー・経済政策のアドバイザーとしてホワイトハウスに務めた経験も有している。



本エントリーでは、彼女の講義の内容を共有したい(なお、一部専門用語が出てくるが、逐一説明することはしていない。これらはどれもエネルギー業界では著名な用語なので、すぐに調べられると思う)。


1. エネルギー業界の変革は漸進的である

過去の主要エネルギーの変遷を振り返ると、どれも漸進的だった。

19世紀後半の産業革命により、蒸気機関が 主要な動力源となると、エネルギー源は、木材等のバイオマスから石炭に変わった。第二次世界大戦の後、モータリゼーションが進み、内燃機関(Internal Combustion Engine)が主要な動力源点となると、主役は石炭から石油に変わった。

これらは、技術革新が主要エネルギーの変化を誘発したわけであるが、そのプロセスは、漸進的・累積的であった。

もう一つ挙げられる特徴は、これらは多額のインフラ投資を要したという点だ。エネルギーに限らず、新しいイノベーションが起こる時は、既存の技術と比して、優れたcost advantageがある必要がある。既存の技術にはある種の慣性が働くからだ。

これらの特徴は、ソフトウェア業界と対照的だ。IT業界では、月単位で世の中の変化を考えるが、エネルギー業界では、十年単位で考える必要がある。また、IT業界では、少ない費用で商品/サービスが開発できるのに対して、エネルギー業界では、多額の/長期間にわたる投資が必要となる。その結果、政府/規制の後押しが、イノベーションの発生には必要不可欠となる。


2. 商業化のための資金の不足が深刻な問題である
 
エネルギー業界の技術開発のプロセスを時系列で表わすと下図のようになる。横軸が、技術開発のステージ(R&Dから商業化まで)を示し、縦軸には、それぞれのステージにおける技術開発のステップ、資金調達先、平均的必要投資額を表わしている。


出所:Yanosek, K (2010). The Clean Energy Deployment Administration (CEDA):
A Comparison of the Senate, House and Green Bank Proposals. US Pref.

この中で、最も資金調達が困難なのが、ステージ3とステージ4、すなわち、技術の初期の商業化の段階だ。より前の段階では、技術/市場リスクは高いものの、必要な投資額が小さいため、ベンチャー・キャピタルの投資の対象となる。また、より後の段階では、証明された技術であり、リスクが少ないことから、安定したキャッシュフローが見込める投資案件となり、多額の投資となるものの、プロジェクト・ファイナンス等の投資対象となる。両者の狭間に存在する、中間の段階は、最も投資の対象となりにくく、業界では"Valley of Death(死の谷)"と呼ばれている。


出所:講義内容に基づき筆者作成

3. クリーンテック株のインデックス ≠ エネルギー投資の現状 

クリーン・エネルギーの事業環境に関連して、クリーン・エネルギー関連の会社の株価(有名な株価インデックスとしてWilderHill Clean Energy Index®がある)大きく下落していることを根拠に、業界の先行きを否定的に解釈する者もいる。しかし、これらの会社の多くは、クリーン・エネルギー関連の製造業の会社であり、クリーン・エネルギーの投資の魅力度とは必ずしも一致しないことに注意を要する。実際、世界におけるクリーン・エネルギー関連の投資(多くはインフラに対する投資)は順調に増加している。

出所:講義内容に基づき筆者作成

4. なぜ政府のサポートが必要か?

 上記のとおり、エネルギー業界におけるイノベーションの発生は漸進的・累積的であるため、新技術や、特に商業化の段階の案件は、魅力的な投資対象となりにくい。その結果、長期的なエネルギー/経済政策の観点からは必要とされる投資が十分になされないこととなる。

したがって、政府のサポートが必要となる。サポートの方法としては、具体的には、①(短期の)信用供与、②投資リターンの向上、という2つの方法が考えられる。ローンに対する保証の提供は①に分類されるし、他方で各種税控除(Production Tax Credit(PTC)やInvestment Tax Credit(ITC))は②に分類される。

困難な財政状況及び悲観的なマクロ経済成長シナリオに鑑みると、このタイミングで、クリーン・エネルギーに対する政府のサポートを増やすというのは困難であることは理解している。

しかし、エネルギーの独立性の確保及び再生エネルギーへのシフトというゴールの達成のためには、一定程度の政府のサポートが必要であることも真実である。今後も、民間人として、必要な提言を行っていきたい。



    * * *

ミクロ経済学101となるが、安価な化石燃料から再生エネルギーへの転換の達成には、環境への負荷が市場では評価されない(価格に織り込まれない)以上、政府によるなんらかの介入が必要であることは当然であろう。

しかし、それでも、政府の介入はなるべく市場という効率的な仕組みをうまく用いる方法であるべきと考える。政府主導で、市場を全く無視して行ってきた日本の原子力政策を振り返り、その思いを強くした。

日本では、2003年4月に「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」(いわゆるRPS(Renewable Portfolio Standard)法)が施行され、電力会社に一定割合で再生エネルギーの使用を義務付けることにより、再生エネルギーの普及を試みてきた。同制度は、再生エネルギーの普及に一定の効果は有したものの、目標値が低く、諸外国と比較して、再生エネルギーの普及は進んでこなかった。

一方、過去の世界各国の経験に基づくと、再生エネルギーの普及促進政策としては、RPSよりも、ドイツ等が積極的に活用した固定価格買取制度(Feed in Tariff)の方が効果的であるようである。

また、日本においては、直近ではエネルギー基本計画、新成長戦略の中で、再生可能エネルギーの導入目標が大幅に拡大されているが(一次エネルギー供給量に占める再生可能エネルギーの割合を2020年までに10%とすることを目標)、RPS法では、事業の収支見通しが明らかではなく、電気事業者による必要な導入が進まないという懸念も指摘されていた。

このような状況のもと、現状、経済産業省は、RPS法を廃止し、実用化されている全ての再生可能エネルギー(陽光、風力、中小水力、 地熱、バイオマス)を対象する全量買取制度に移行する方針のようだ。

個人的には、できる限り市場メカニズムを利用するという観点からは、固定価格買取制度より、RPSの方が望ましいと考えるが、諸外国における経験等を踏まえ、固定価格買取制度を採用するという方針自体は理解できるものだ。

なお、最も 市場メカニズムを害さない手法は、環境負荷を価格に織り込む炭素税/環境税なのであるが、この点についても、政府税制調査会では、地球温暖化対策税制が2012年度から導入する方向で議論がなされている。

いずれにせよ、エネルギー政策の転換が必要不可避である日本にとって、効果的な政府の政策立案・実行が不可欠であることは間違いなく、今後の動向に注目していきたい。



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